Hey,I knew it for the first time!
ラウンズの談話スペースに行くと、一人でそこに居るとは考えにくい人物であるスザクが、それに反して一人で座っていた。
正確にはもう一匹、アーサーと一緒だが。
ベアトリスが見たら眉をしかめそうな、雑草を手にかの猫と戯れている。
普段あまり見ることのない、穏やかな笑みをたたえて。
いつもそうやっていれば良いのに。
必要以上に無表情を貼り付けている同僚に、アーニャは思う。
確かに無駄に愛想を振り撒くなんて、煩わしいだけで意味がない。
けれどスザクに関して言えば、更に付け加えるならば彼とジノのやり取りを見ていれば、無愛想でいる方が煩わしいのではないか。
彼曰く、スザクは構いたくなるんだ、らしい。

そこまで考えて、アーサー以上にいつも側に居るでっかいワンコ、もといジノの姿がないことに思い至った。
あんな目立つもの、居ればすぐに分かるのに。
キョロキョロと辺りを見回してみても、視界に入らない。
こてん、と首を傾げても、状況が変わるはずもなく。
セットで居るのがあるべき姿と錯覚しそうになるけれど、別にそうじゃなきゃならない訳ではない。
一括りにしてごめん。
アーニャが心の中で呟いたその時。

「にゃあ」

響いたのは聞き覚えのある声だけれども、思わず耳を疑ってしまう聞いたことのない音の羅列。
顔を上げてもアーサーの口は動いていない。
え、と流石に驚きを見せたアーニャの耳が、再びにゃーにゃーという音を拾って。

「…スザク?」
「…っ、アーニャ!?」

顔を赤らめて、驚いたような恥ずかしそうな表情で立ち上がるスザク。
いや、あの…そのっ!
両の手を振りながらどう見ても慌てている姿なんて初めて見る。
何も返さないアーニャを不安に思ったのか、スザクは恐る恐る彼女の名を呼ぶ。
だが、それには反応せず、アーニャは疑問を口にする。

「スザク、猫と会話できるの?」
「僕はできないよ」

ユフィはできたんだけどね。
か細い声は、辛うじてアーニャの耳に届いた。
思わず聞き返してしまいそうな程に微かな音だったけれど、アーニャはそうしなかった。
必死に堪えようとして、けれどもそれは失敗している様を見てしまったから。
痛い。
スザクが、スザクのその表情が。

ユフィ−−ユーフェミア皇女殿下。虐殺皇女と名高い彼女。
スザクは彼女を主とした騎士であった。
かつて慈愛の皇女と言われた彼女に何があったかなんて知らない。
アーニャには知る必要もない。
知っている、いや知ったのは、スザクが彼女を思い出すだけで、何とも言えない表情をするということだけ。
哀しみ、切なさ、慈しみ、愛しさ、痛み、全てをないまぜにした表情。

そこでアーニャは唐突に理解した。
彼が表情を見せないのは、自らを戒めるがためなのだと。


「枢木スザク」

アーニャは敢えて彼を呼んだ。
そして、いつも彼女の手の中に存在する機器を構える。
ピロリロリ。
スザクのそのままを記録して。
訝るスザクに告げる。
彼の心に響くような言葉なんて、アーニャは持ち合わせていないけれど。

「そんな顔はこれでおしまい」
「え?」
「そんな顔になりそうになったら記録見せるから、もうしないで」
「アーニャ…?」

何のこと?とでも言いそうに首を傾げるスザク。
無意識なのか、分かっていてとぼけているのか。
掴めない彼だけど、だからこそジノが構いたくなると言ったのが分かる。
アーニャはあそこまではやらないけれど。

「ありがとう」

アーニャの思いが分かったのかは甚だ疑問ではあるものの、はにかむように笑んだスザクに、アーニャは口周りの筋肉を緩める。
放って置かれていたアーサーがにゃあと存在を主張するように一声鳴くと、スザクはごめんね、と慰めるようにアーサーへと手を伸ばす。
途端。

「うぅぅっ」

眉をしかめたスザクが困ったように見た先には、彼の手に思いっ切り噛み付いているアーサーがいた。

「スザク全然懐かれてないね」
「…言わないで」




2008/05/26
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