喧噪の音が響いていた格納庫を出て、政庁の廊下を歩けば先程までの煩さが嘘のような静けさ。
隣を歩くアーニャも言葉を発することなく、カツカツカツと自分たちが立てるヒールの音だけが妙に響く。
静寂が耐えられなくなった訳ではないが、それに倣っていたジノが声を掛ける。
「なースザクは?」
「たぶん執務室」
「帰ってきたばかりなのに精が出るねぇ」
「始末書書いてるんじゃない?」
「あぁ!」
先程の黒の騎士団相手の戦闘で、スザクは惨敗をした。
味方の一艦隊を壊滅させてしまうほどの。
「ラウンズになってから初めての負け戦じゃないか?」
アーニャがこくりと頷く。
流石ナンバーズ初のラウンズになっただけあって、スザクはこの1年成果を上げ続けていた。
誹謗も中傷もその実力で抑えることに成功していて。
「…ちょっと覗いてみるか」
「嫌がられると思うけど?」
そうと決まれば、と進路をかの執務室へと変更して。
アーニャも口では反対しつつも、ジノに倣って足の向きを変える。
慰めるつもりなんて毛頭ない。
そんなこと必要ない、してはならない。
ただ、必要以上に気を張って生きてきたスザクが気になるだけだった。
コンコン、と一応ノックをするものの、返事が来る前に扉を開ける。
部屋の中には話題の人物が一人、デスクに向かっていた。
入るぞー、とジノが声を掛けても顔も上げない。
「よっ邪魔しに来たぜ」
「……」
スザクの正面に回り込んで、軽く手を上げてそう言えばスザクはジロリと視線を向けて。
またすぐに戻した。
「…何の用?」
抑揚のない声で無表情を貼り付かせてスザクが言う。
まるで、1年前に纏っていた誰も寄り付かせようとしない、構うなとでも言いたげな雰囲気で。
ただ違うのは彼らに対して敬語を使ってないことぐらい。
1年かけて築いたものが、あの戦闘――ゼロによって崩された。
スザクとゼロの間に何があったかなんてジノもアーニャも知らない。
聞き出そうなんて思わない。
聞いたからといってどうするのか。
慰める?詰る?共感する?否定する?お前は正しいとでも言う?間違っているとでも言う?
どれもジノとアーニャにはできない。
ナイトオブラウンズは皇帝直属の最強の騎士団であって、仲良しこよしのオママゴト集団とは違う。
スザクが抱えているそれは、スザクの問題だ。首を突っ込んで良い話ではない。
「次の指揮もお前が執れよ?」
「逃げるのは許さない」
「でも俺は責任を…」
「あのなぁ!スザク、お前負けたままで良いのか?」
ビクリと目に見えてスザクの身体が震える。
それでも敢えてジノは言葉を続ける。
「確かにお前は指揮官タイプじゃない。だが、お前言ったよね?ゼロを倒すのは自分だと」
「…あぁ」
「俺たちはあくまで補佐だ。しっかりしろスザク」
指揮権を他に譲渡するなんて許さないとジノもアーニャも視線で訴える。
責任を取るというそれは、逃げとしか判断できない。
はっと目を見開くスザクから、視線を外すことをせず彼らは伝える。
這い上がれ。
「所詮俺は体力バカで…」
「で?」
「チェスだって一度も勝ったことなくて…」
「それで?」
「…でもっ」
絞り出すように、紡いだ言葉たちを否定すると、ジノの手がスザクの頭の上に置かれて。
勢いよく混ぜっ返された。
「ちょっジノ!?」
「記録」
「アーニャ!?」
「立ち止まってる暇なんてないぜ、行政特区日本があるだろ」
「…あぁ!」
Don't balk!
指揮官っていってもお前ひとりで戦えって言ってる訳じゃないんだし。