扉の前に立ったジノは、それを開けることなく、手の中の携帯電話を開いて。
現れた画面をもう一度見た。
そこに表示されているのは、日付が変わったばかりに受信したメール。
その贈り主はモニカ、内容は任務を終えたら部屋に来いというもの。
今までの経験から、ロクなことにならないと分かっている。
分かってはいるが。
それでもそれを反故にしようとしないのは、ジノ自身が嫌ではないから。

ジノはモニカが好きだし、モニカだってそう。
とはいえ、二人の間に、男女間の艶っぽいものはない。
それぞれ行き交う思いに恋情の欠片すら見当たらないのだ。
ただ、好意は持っていても、モニカの行動に逡巡するだけの実績をジノは積んできている。
それでも結局彼女には逆らえないのだ。仕方ない。

ゆっくり深呼吸をして、ジノは思い切って手を肩の高さまで挙げる。
コンコン、とノックをして中を伺うと、空気が動いた気配がした。
重厚な扉が遮っているため、様子は分からないが察することはできる。
ただ、ジノも含め世の男性よりも男前であっても、モニカは女性である。
女性の部屋の詳細を得ようとは思わない。
呼ばれている身なのだから、すぐに入れて貰えるだろうし。

そんなジノの予測に違わず、扉は開けられた。
ただ予想外だったのは、開けられた幅だ。
ちょうどモニカの姿が見えるだけの隙間。
まるで、部屋を隠しておくかのよう。

「待っておりましたわ」
「ちょっモニカ!」

にっこり笑って出迎えるモニカの背後から聞こえてきた声は。

「スザク?」

何故彼がモニカの部屋に居るのか。
漏れた彼の名を、肯定したのはモニカだった。
こんな時間に部屋に訪れているスザク。部屋の中を見えないようにしているモニカ。焦った声色のスザク。微笑むモニカ。
ぐるぐると混乱するジノの頭は認めたくない一つの結論に導こうとしていた。
そんな彼の表情を読み取ったのか、モニカは笑いながら正す。

「あら、ジノったらもしかして私とスザクの仲を疑っておりますの?」
「え…いや…」
「恐い顔、してましてよ」

つん、とモニカのスラリとした綺麗な指に鼻の頭を押されて、ジノの表情はバツの悪そうなものへと変わる。
そんなジノに、モニカは心底おかしいと笑みを濃くしていく。

「一体何があるんだい?」

ごまかすように紡いだ質問に、モニカはまぁ、と口元へと手を添えて。
先程までの悪戯っ子のようなものとは違った綺麗笑みを浮かべた。

「Happy birthday、ジノ」
「え…」
「あら、貴方まで自分の誕生日忘れてたなんて言いませんよね?」
「あぁそれは大丈夫だ」

そんなことするのはスザクだけで充分だ。
そこまで考えて、ジノは自分の疑問が解決されていないことを思い出した。
何故スザクがここに。

けれど、ジノが言葉を発するよりも先に、モニカが言い放った。

「ジノにプレゼントがありますの」

そうしてモニカがドアの前から移動し、少ししか開いていなかったそれを開け放つと。
それまで見えなかった部屋の中が、視界に入ってきた。
その中央に座していた存在に、ジノは目をパチクリさせる。
いや、中にスザクが居るのは分かっていた。
でもこれは…

「誕生日プレゼントよ」
「モニカ!」

ジノが言うよりも早く、名を呼ばれた彼女が自信満々に答えた。
その呼んだ側のスザクは、両手を胸の前で一括りに濃いピンクのリボンで彩られ、そこから更に頭、首、肩、腰、脚まで掛けられている状態で。
羞恥からか、目元をうっすらと赤く染め、現状を作り出したであろうモニカを睨んでいる。
ただ、スザクが本気で殺気を込めて睨めば、ピリピリと空気が震え痛いほどになるというのに。
相手が彼女だからか、まだまだ充分に柔らかい。
寧ろ上目遣いで勢いのない眼光など、可愛いと称されるものだ。
確かにプレゼントと言うに相応しいラッピングに、まるで誘っているかのような表情。

「えーっと、モニカさん?」
「一度やってみたかったんですの、プレゼントはあ・た・しっていうの」

背中に汗を伝わせながら、ジノはモニカを呼ぶが、彼女は心底楽しそうに笑んでいて、こちらの言うことなど聞く気配はない。
何も知らなかったら、この笑顔に見惚れることができるのになぁ。
思っても詮ないことと分かっていても思わずにはいられない。
さて、ここはどう返すのが正しいのだろうか、少し考えた後、ジノは口を開いた。

「ありがとう」
「…おいジノ」
「あら、もっと喜んで下さいな?」

無難な返答を選んだつもりが、両者ともに不服なものだったようだ。
一体私はどうしたら良いんだ、とジノは頭を抱えそうになる腕を押し止める。

モニカは楽しんでいるからまだ良い。
問題はスザクだ。
モニカに向けていたものより格段に冷えた視線と、地を這うような声色が恐ろしい。
今後の生活的な意味で。
数刻後のフォローが大変だと思いながらも、取り敢えずこの場を収めようと、貰ったプレゼントもといスザクを持ち帰ることに決めた。

「じゃあスザク行こうか」

だが、手を伸ばしてもスザクは立ち上がる気配を見せない。
何故と見遣って、そして納得。
リボンが上手くスザクの脚の自由を奪っている。
これは引き千切らなければ動けないだろう。
けれど、脚は元より手も満足も動かせないこの状況ではそれも適わない。

これについては言い訳の余地があるだろう、と、ジノはスザクを抱きかかえた。
途端強くなる下からの痛い視線。
勘弁してくれと思いながら退出するジノに、モニカが満足そうに手を振った。

「良いお誕生日を」
「…さんきゅ」

けれど、誕生日なのに全く祝われている気がしない。
まずはこのプレゼントの機嫌を直すところからか、とジノは自室へと足を向けた。








2009/12/05
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