学園に着き、いつものようにそのまま生徒会室へと足を延ばすと。
満面の笑みを浮かべたミレイに出迎えられた。
今までの経験から、碌なことではないと悟り、思わず一歩後ずさったスザクだったが。
そんな彼を、おっと、とジノが受け止める。

「ジノ…?」

背後に立つなとばかりに睨むスザクに、ジノは肩を竦めるだけで掴んだ腕を離そうとしない。
それを見たミレイは、そのままジノへと言い放つ。

「さぁ、主役を着替えさせてきなさい」
「イエス、マイロード」

サッと敬礼をして見せたジノに満足したミレイは、スザクにずいっと顔を近付けて。

「ハッピーバースデー、スザク」
「あ…」

今初めて気付いた、とばかりに目を開くスザクへ微笑む。

「今日学園に来てくれてありがとう」

そのままジノとともに部屋から送り出す。
そのミレイの隣には手を振るアーニャの姿があった。


 * * *


着いた部屋には衣装室と見紛う程たくさんの服が陳列されていた。

「おっ流石今日の主役。衣装も選び放題だ」
「…あまり嬉しくない特典だね」
「そんなスザクに私が選んであげるよ」
「あーはいドウモアリガトウ」
「心が篭っていない」

ぶーぶー言いながらも、定める視線は真剣そのもの。
やれやれ、とスザクは閉めた扉にもたれ掛かった。

しばらくして、「うん、これだ!」とジノが声を出した。
彼の手には彼の眼鏡に叶ったであろう一着が収まっていて。
満足げにスザクへと振り返る。

「…それって」
「可愛いウェイトレスさん」

ハンガーに掛かったそれは、ふんだんにレースが使われたシャツと、端から見ても分かる短いオレンジ色のワンピース型のスカート。
所謂アンミラと呼ばれるもので。
確かに可愛い。可愛いが。

「…それを僕に着せようと?」
「あぁ、それで私にサービスしてくれよ」

何を言い出すこの男は。
スザクは思わず冷ややかな視線を送ってしまった。
けれどそんなものたいしたことないとばかりに、目の前の男はにっこりと笑う。
飄々とした様子が憎らしい。

「僕の誕生日なのに?」

言われるまで忘れていて、誕生日だからどうと言う訳では、まして何かしてもらおうとか決して思ってないけれど。
それでも、反論のためにそれを持ち出してみる。
世間一般では、祝われることはあれど、他人にいきなり無償奉仕することなどないだろう。

「だからさ」
「は?」
「今日は私たちがスザクに誕生日おめでとうというのと同時に、スザクが生きていることを感謝するんだ」
「…生きてることを感謝?」
「あぁ」

何を言い出すこの男は。
先程と同じ独白だが、そこに篭められた感情は全くもって違う。
暗く黒い思いが渦巻く。
「君はおめでたいね」

辛うじて吐き出された言葉は、静かに落ちる。

「…かもな」
「……」
「それでもスザクに、生きていられることを有り難いと思ってもら…」
「君は!」

ジノの思いは最後まで紡がれることなく、スザクの声が遮る。
何かに堪えるよう、歪んだ表情で。

「何も分かっていない」

分かっていないんだ、と繰り返すスザクに近寄り、俯いた彼の頭に手を置く。
それでもその手が外されることは、ない。

「お前だって分かっていないよ」
「何を…っ」

キッと、それだけで射殺されそうな視線を、ジノは正面から受け止める。

「スザクが『生きる』ってことに何かを抱えていることは気付いてた」

それでも。
ジノは、息を吐いて続ける。
伝わってくれ、と祈りながら。

「生きていてくれて、傍にいてくれることは嬉しいんだ」
「……」
「私だけじゃない、アーニャだってそうだ。この思いはお前にだって否定させやしない」
「…勝手だな」
「お互い様さ」

頭に置いた手を、ぽんぽんと優しく動かす。

「まっいきなりは難しいだろうからな、形だけでも良いから」
「…それでアンミラで給仕か」
「名案だろ?」

にかっと笑うジノが面白くなくて。
絆されてしまったことも悔しい。
スザクはジノの手から衣装を引ったくり背を向ける。

「アーニャに給仕してくる」
「えっ私には!?」
せめてこれくらいの意趣返しはさせてほしい。
スザクは振り返ることなく部屋を出た。
着替える場所は他にもある。
ジノの問い掛けに答えたのは、静かに閉まった扉の音だった。








2009/07/26
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