Trickster

――まったく予想外もいいところだ

蒼いマントを翻し、早足で廊下を闊歩する。
現在時刻は11月28日午前1時14分。
しん、と静まり返った空間に、カツカツカツという靴音だけが響く。


中東へとナイトオブトゥエルブ、モニカ・クルシェフスキー卿と赴いたのは25日の夕方のこと。
作戦行動は移動時間も含めて30時間と言われていた。
2人のラウンズの短時間の投入。
それは程々に力の差を見せ付け、さっさと戦場を後にするということで。
明らかに移動時間の方が長い、行って戦って、ある程度片付いたらはいそのままさようならという半端ない強行軍。
概要を告げられた瞬間は、スザクもモニカもうわぁと思った。
流石に、そう思っても仕方ないだろう。少なくとも2人は肯定する人間が居る。スザクとモニカだ。
当人たちの感情は排除するとして、今回の2人の投入目的は恣意行為としての役割だった。
ラウンズが出るということは、死刑宣告と同意である。
ブリタニアに逆らおうという気力を根源から奪うのだ。

それだったのに。

いや、気力を奪うのは成功した。
したのだが。
逆らうどころか、立ち上がる気力すら残っていないだろう。
それ程までに、完膚無きまで叩きのめしてしまった。
そのために、戦後処理まで携わる羽目になってしまったのだ。
先程ベアトリスに報告が終わったときには、当初の予定を大幅にオーバーした、出発から換算すると57時間が経過したところだった。

そのうち小一時間は彼女の説教が含まれている。
ブリタニア皇帝付き首席秘書官、兼、特務総監ベアトリス・ファランクス。
反論の余地のない尤もな話を、けれど淡々と氷のように紡ぐ様は、それを向けられた側にとって絶望しかもたらさない。
ほぼ睡眠を取ることもなく処理を終わらせて戻って来た身体と心には、それはいっそ拷問かと思う程のもので。
解放されたときには、お互いに言葉を発する余裕もなかった。
フラフラと、それぞれに与えられている部屋へと仮眠を取りに向かって。
その途中で、スザクはハッと立ち止まった。
完全に思考が停止していたと思っていたのに、前触れもなくフッと思い出し、そして気付いてしまったのだ。

ジノの誕生日が過ぎてしまったということに。

そうして心中で、誰とも為しに吐き捨てる。
ラウンズ投入までに至ったのだから、ある程度の力量かと思いきや全くお話にならなかった相手に。
そんな相手に帝国最強のラウンズを出させた自軍に。
強行軍でやってきた戦地で、それに切れたモニカに。
それを止めなかった、寧ろ賛同に近い行動を取ってしまった自分自身に。
ただ、その時には既に、先手必勝とばかりに放った初撃で、敵は既に壊滅状態になってしまっていたのだが。

現在に至る経緯を思い出して自然と動作が荒々しくなる。
普段音を立てて歩むことのないスザクが、それに気付かない程に。

何ヶ月も前から聞いてもいないのにしつこく誕生日を教えられ、意地でも祝ってやろうと密かに計画していた。
ただ、具体的に何をしよう、とかはなかった。
何度も繰り返されて、そんなに祝ってほしいなら、という気持ちがあって。
そしてここで祝っておかないと、来年はもっとしつこく言われるんじゃないか、という懸念があって。
何より、スキンシップの一環として口にしていて、実際祝われると思っていないであろうジノの驚く顔が見たかった。

それなのに今現在、何も用意できていない。
貴族であるジノに高価な物品は要らないだろうし、その方面にスザクは頗る弱く。
結局出発前には何も用意できなかった。
移動中に、同行者であるモニカにそのことを漏らすと、彼女は満面の笑みで言い放った。
それはそれは楽しそうに。

「スザク自身をあげれば良いんじゃないかしら?」
「は?」
「冗談よ」

いや、絶対本気だった。
けれどそれを口にする愚行をスザクは犯さなかった。

モニカとそんなやり取りをした手前、いやそうでなくとも、できることならやりたくなかったけれど。
背に腹はかえられない。
ジノが驚き、そして喜ぶであろうこと。
――それは


バンッと扉を開け、そのままツカツカと彼がいるであろうベッドへと歩みを進める。
寝ていたジノが、のそりと身体を起こした。

「どうした…何かあったのか?」

眠りについて間もないときに無理矢理覚醒させたせいで、まだ寝ぼけ眼。
起こしてごめん、と思いながらベッドへと乗り上げる。
一体何が、と回らない頭で考えて目をパチパチさせるジノにほくそ笑んで。
息が掛かるか掛からないかギリギリのところまで顔を近付ける。
ギシッとベッドが軋む。

「過ぎちゃったけど…お誕生日おめでとう」
「え…?」

何かを言おうと開きかけたジノの唇を、自らのそれで塞ぐ。
呆然としているのをいいことに、そのままぺろりと舐め上げ離れて。
用は済んだとばかりにベッドから降りて、余韻も何も残さずに立ち去ろうとする。
ハッと割に返ったジノが寸でのところでスザクの手首を掴んで、それを阻止して。

「…痛いんだけど」
「スザク、今のって」
「さぁね」
「じゃあ誕生日プレゼントってことで」
「もう日付変わったろ?」
「今貰ったばっかだから良いんだよ」

そのまま抱き込まれ、結局こうなるか、と溜め息を吐いたスザクだった。
2日以上ほとんど寝ていないけれど、何とかなるかと思っていたものの。
結局すぐに意識を飛ばしたため、ジノはお預けを食らうこととなった。









2009/01/28
PAGE BACK