自分に与えられた部屋に一歩足を踏み入れる。
相変わらず人が生活している気配のしない空間。
1年弱前にこの部屋の主になってから、ものは何も増えていない。
最初から置いてあった調度品さえ、この場にそぐわない気さえする。

そもそもブリタニア本国に来たとき身一つだったのだ。
そして現在本国に留まることは少ない。
他国に出ていくことが多いからだ。――そう戦場に。


先程まで謁見の場に呼ばれていた。
そこで、皇帝より直々に伝えられた次の任務に赴く。
出立は明日。
いつもなら自身とパイロットスーツ、そしてランスロットしか持ち出さない。
けれど。

明日向かう先はエリア11。
そこはスザクにとって特別なところで。
かの地には彼が、いる。


「スッザクー!」

突然ドアが開けられ、明るい声とともに光が差し込んできた。
実際に部屋が暗かった訳でも、外から光を当てた訳でもなかったが、中に居たスザクは眩しく感じて。
キラキラと輝く金髪の男が入ってきた途端。
ほんの数秒前まで部屋に漂っていた重苦しい雰囲気が霧散する。

「…ジノ…ノックぐらいしたら?」

不法侵入、と言いながらもジノと呼んだ青年に倣って境界を跨いだ少女。
手には携帯電話を携えて。

「良いじゃん、俺たちの仲だし。な、スザク」
「…誰と誰の仲だ」

無表情に返したスザクに、ジノはひどいなーと嘆く。
そうは言うものの、本心から思っているのではなくそれは口先だけのもので。
つかつかつかと更に歩みを進めてスザクの傍まで行く。
そのままスザクの手を掴んで上にあげる。

「さぁ買い物行くぞー」
「は!?」
「明日からエリア11だろ?その準備だよ」

ちょっと待て準備って何だ。
そもそもエリア11に行くのって俺だけじゃないのか。

繋がれた手が掲げられた状態のままスザクは考える。
そんなスザクの様子を見て、ジノはどうだと言わんばかりに自慢げに告げる。

「あ、俺とアーニャも一緒に行くから」
「はぁ!?」
「3人で遠征って初めてだもんなぁ。色々用意しなきゃな」
「…これからお買い物」

ピロリンと手を繋いだままの2人を撮って、そのまま打ち込むアーニャ。

「ちょっアーニャ何撮って…ってお前も手を離せ」
「スザクの恥ずかしがり屋さん」
「黙れ」

茶化してくるジノを一蹴して、手を振り払う。
だが2人の手が離れた瞬間、今度は肩に手が回される。
その予想外な動きに、スザクの反応が遅れて。
バランスを崩しそうになってたたらを踏む。
ジノに支えられる、なんてことにならなかったのは、スザクの運動神経の賜物か。
それでも、ジノの腕にすっぽりはまってしまって。

「…ジノ」
「上目遣いで睨まれても怖くないよー」

じろりと視線を向けてもどこ吹く風。
いい加減解放してくれないものなのか。
そろそろ実力行使に出ても良いよな。

そんな不穏なことを考えていたら、助け船は意外にもアーニャから出されて。

「ジノ、スザク困ってる」
「んー分かんないかな、これも愛情表現だよ」
「独り善がり」
「ひっでぇ」

そう言いつつも、放されることはなく。
そのまま部屋の外に連れ出される。

「ちょっ」
「大丈夫、別に無断でエリア11に行くことにした訳じゃないから」
「強引に押し切っただけ」
「こらアーニャばらすなよ」

振り返ってアーニャに言い、スザクに向き直って。
だから、と続ける。

「心配することなんて何もないぜ?」
「…心配なんかしていない」
「じゃあ行くぜ買出し!」

抵抗が意味をなさなくなり、スザクはジノに連れられるまま歩み始めた。
半歩後ろにはアーニャが付いてきて。

1人で部屋に戻ったときの重い気持ちが少しだけ、ほんの少しだけ軽くなった気がする。
それでも。
最初ブリタニアに来た時にパイロットスーツに忍ばせていた写真だけは持っていくだろう。
唯一持っていたアッシュフォードの生徒会で撮った写真だけは。
それはうっきうきとでも聞こえてきそうなジノと、相変わらず無表情なアーニャに対して知られたくないことで。
断ち切ったつもりで断ち切れていない過去の自分。




出発前夜




「やっぱりおやつは500円までかなー」

…貴族の癖に何しみったれたこと言ってんだか。




2008/05/03
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